「赤エイ (シャルダンの絵画)」の版間の差分
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1728年9月、当時29歳であったシャルダンはパリのドーフィーヌ広場 (Place Dauphine) で毎年開催されていた{{仮リンク|「青年美術家展」|fr|Exposition de la Jeunesse}}に10数点の作品を発表した。正式に絵画を出品する[[サロン・ド・パリ|サロン]] (官展) が一時中止されていた時期で、この野外の美術家展は青年画家たちにとっては貴重な機会であった。この時に出品された作品が話題となったシャルダンは、王立絵画彫刻アカデミーへ本作と『食卓』([[ルーヴル美術館]]) の提出を認められた<ref name="ReferenceB" /><ref name="ReferenceC" />。 |
1728年9月、当時29歳であったシャルダンはパリのドーフィーヌ広場 (Place Dauphine) で毎年開催されていた{{仮リンク|「青年美術家展」|fr|Exposition de la Jeunesse}}に10数点の作品を発表した。正式に絵画を出品する[[サロン・ド・パリ|サロン]] (官展) が一時中止されていた時期で、この野外の美術家展は青年画家たちにとっては貴重な機会であった。この時に出品された作品が話題となったシャルダンは、王立絵画彫刻アカデミーへ本作と『食卓』([[ルーヴル美術館]]) の提出を認められた<ref name="ReferenceB" /><ref name="ReferenceC" />。 |
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ことに本作のしっかりとした構成と力強い色彩は、大画家でアカデミーの名誉会員であった[[ニコラ・ド・ラルジリエール]]に激賞され<ref name="ReferenceB" /><ref name="ReferenceC" />、シャルダンは一日のうちにアカデミーの準会員と正会員に認められるという異例の待遇を受けた。当時は、準会員として認められた後、改めて正会員になるための作品を提出するのが慣わしであったので、これは例外的なことであった<ref name="ReferenceB" />。 |
ことに本作のしっかりとした構成と力強い色彩は、大画家でアカデミーの名誉会員であった[[ニコラ・ド・ラルジリエール]]に激賞され<ref name="ReferenceB" /><ref name="ReferenceC" />、シャルダンは一日のうちにアカデミーの準会員と正会員に認められるという異例の待遇を受けた。当時は、準会員として認められた後、改めて正会員になるための作品を提出するのが慣わしであったので、これは例外的なことであった<ref name="ReferenceB" />。なお、[[ドゥニ・ディドロ]]も本作を称賛している<ref>「美味なるアート(6)シャルダン「赤エイ」『日本経済新聞』2023年3月15日朝刊、文化面。</ref>。 |
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本作において、シャルダンは画面の中心軸を大切な要素として扱っている。この中心軸の左側には命あるもの、あるいは命のあったもの、すなわち猫、牡蠣、魚、ネギなどが描かれ、右側には無生物であるテーブルクロス、水差し、ボウル、ナイフなどが描かれている。中心軸に描かれているのは、血にまみれ、不気味なほどの[[アカエイ|赤エイ]]で、その生々しい姿はシャルダンが描いたものの中でも衝撃的である。この赤エイの頭部を頂点にして、テーブルの上のすべての要素は見事な三角形の構図にまとめられている<ref name="ReferenceA" />。 |
本作において、シャルダンは画面の中心軸を大切な要素として扱っている。この中心軸の左側には命あるもの、あるいは命のあったもの、すなわち猫、牡蠣、魚、ネギなどが描かれ、右側には無生物であるテーブルクロス、水差し、ボウル、ナイフなどが描かれている。中心軸に描かれているのは、血にまみれ、不気味なほどの[[アカエイ|赤エイ]]で、その生々しい姿はシャルダンが描いたものの中でも衝撃的である。この赤エイの頭部を頂点にして、テーブルの上のすべての要素は見事な三角形の構図にまとめられている<ref name="ReferenceA" />。 |
2023年4月2日 (日) 08:31時点における版
フランス語: La Raie 英語: The Ray | |
作者 | ジャン・シメオン・シャルダン |
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製作年 | 1725年頃 |
素材 | キャンバス、油彩 |
寸法 | 114 cm × 146 cm (45 in × 57 in) |
所蔵 | ルーヴル美術館、パリ |
『赤エイ』(あかえい、仏: La Raie、英: The Ray)は、18世紀フランスの画家ジャン・シメオン・シャルダンが1725年頃[1]に制作したキャンバス上の油彩の静物画である。この作品によりシャルダンは王立絵画彫刻アカデミーに入会を認められた[1][2][3]。パリのルーヴル美術館に所蔵されている。
概要
1728年9月、当時29歳であったシャルダンはパリのドーフィーヌ広場 (Place Dauphine) で毎年開催されていた「青年美術家展」に10数点の作品を発表した。正式に絵画を出品するサロン (官展) が一時中止されていた時期で、この野外の美術家展は青年画家たちにとっては貴重な機会であった。この時に出品された作品が話題となったシャルダンは、王立絵画彫刻アカデミーへ本作と『食卓』(ルーヴル美術館) の提出を認められた[2][3]。
ことに本作のしっかりとした構成と力強い色彩は、大画家でアカデミーの名誉会員であったニコラ・ド・ラルジリエールに激賞され[2][3]、シャルダンは一日のうちにアカデミーの準会員と正会員に認められるという異例の待遇を受けた。当時は、準会員として認められた後、改めて正会員になるための作品を提出するのが慣わしであったので、これは例外的なことであった[2]。なお、ドゥニ・ディドロも本作を称賛している[4]。
本作において、シャルダンは画面の中心軸を大切な要素として扱っている。この中心軸の左側には命あるもの、あるいは命のあったもの、すなわち猫、牡蠣、魚、ネギなどが描かれ、右側には無生物であるテーブルクロス、水差し、ボウル、ナイフなどが描かれている。中心軸に描かれているのは、血にまみれ、不気味なほどの赤エイで、その生々しい姿はシャルダンが描いたものの中でも衝撃的である。この赤エイの頭部を頂点にして、テーブルの上のすべての要素は見事な三角形の構図にまとめられている[1]。
脚注
- ^ a b c ルーヴル美術館 収蔵絵画のすべて、2011年発行、549項参照 ISBN 978-4-7993-1048-9 2022年11月11日閲覧
- ^ a b c d NHKルーブル美術館VI フランス芸術の華、1985年刊行、110-111項 ISBN 4-14-008426-X 2022年11月11日閲覧
- ^ a b c カンヴァス世界の大画家 19 シャルダン、1985年刊行、71、77項 ISBN 4-12-401909-2 2022年11月11日閲覧
- ^ 「美味なるアート(6)シャルダン「赤エイ」『日本経済新聞』2023年3月15日朝刊、文化面。